習慣は1日では崩れない|禁欲100日後にリセットして感じたこと
禁欲100日を達成したあと、試しに一度リセットしてみた。
年末に体調を崩す中で感じたのは、「習慣は1日では崩れない」という、少し意外な安心感だった。
今年はいろいろなことを始めた年だった。だからこそ、このタイミングで立ち止まって振り返ることには意味がある気がしている。
年末に体調を崩して、立ち止まった
年末、体調を崩した。正直、万全とは言えない状態だった。
今年はブログを始め、筋トレを習慣にし、禁欲にも取り組んできた。「ここまで積み上げてきたのに、このタイミングか」という気持ちがなかったわけではない。
その流れの中で、続けていた禁欲も一度リセットすることになった。
ただ、不思議と「全部が台無しになった」という感覚はなかった。むしろ、今までよりも冷静にこの1年を振り返れている自分がいた。
今年から始めたことを振り返る
改めて整理すると、今年は明確に「何もしなかった1年」ではなかった。
- ブログを始めた
- 筋トレを生活に取り入れた
- 禁欲に挑戦した
- 自分の行動や選択を意識するようになった
どれも派手な成果が出たわけではない。ただ、「始めた」という事実は確実に残っている。
以前は、1年という単位を惰性で過ごすことが多かった。気づけば年末になり、「今年は何をしたんだろう」と思い返しても、特に言葉にできるものがない。そんな年が多かった。
今年は違った。
1年が長く感じた理由
今年は、体感として1年が長く感じた。
それはたぶん、日々をなんとなく流さなくなったからだと思う。
- なぜこれをやるのか
- 自分に合っているのか
- 続ける意味はあるのか
こうしたことを立ち止まって考える時間が増えた。結果として、時間の密度が上がった。忙しいというより、「ちゃんと生きている感覚」に近い。
禁欲100日を達成し、試しにリセットしてみた
禁欲は100日を達成したので、試しに一度リセットしてみた。
自分の中では、ひとつの区切りだった。続けること自体が目的になっていないか、確認したい気持ちもあった。
実際に解除してみて感じたのは、想像していたほど大きな変化はなかったということ。
- 一気に生活が崩れる
- 自制心がなくなる
- 元に戻れなくなる
そういったことは起きなかった。むしろ「あ、ちゃんと戻れるな」という感覚が残った。
習慣は1日では失われない
今回、改めて強く感じた。
積み上げた習慣は、1日では崩れない。
- 続けてきた時間
- 自分の癖への理解
- 選択の基準
- 崩れたあとに戻る感覚
これらは、一度リセットしたくらいでは消えなかった。むしろ「崩しても大丈夫だった」という経験が、次に進むための土台になっている。
「もっと早く始めていれば」という気持ち
正直に言えば、20代前半の頃にこの感覚を持てていたら良かったな、と思うことはある。
もっと早く始めていたら、もっと積み上げられたかもしれない。
ただ、最近はこう思うようになった。
遅いということはない。
始めた時点で、スタートは切れている。やらなかった時間を責め続けるより、「今、始めている」という事実のほうが大切だ。
1日1日を積み上げるという考え方
最近しっくりきているのが、「1日1日を積み上げる」という考え方だ。
これは毎日完璧にやる、という意味ではない。
- 崩れる日があってもいい
- 休む日があってもいい
- リセットする日があってもいい
大事なのは、また選び直せること。
1日単位で見れば失敗でも、長い目で見れば誤差になる。トータルで前に進んでいれば、それでいい。
トータルで見れば、悪くない1年だった
年末に体調を崩し、禁欲を一度リセットした。そこだけを切り取れば、後退したように見えるかもしれない。
でも、1年単位で振り返ると、今年は確実に違っていた。
- 考えた
- 始めた
- 続けた
- 振り返った
これができただけで、この1年は意味があったと思っている。
来年は「続ける年」でいい
来年は、新しいことを無理に増やさなくていい。
今年始めたことを、続けて、調整して、必要なら休む。それで十分だと思う。
積み上げたものは、もう簡単には消えない。だから、また明日1日を積めばいい。
おわりに
完璧な1年ではなかった。でも、何もしなかった1年でもなかった。
リセットがあってもいい。崩れる日があってもいい。
それでも、習慣は積み上がっていく。
そう思えたこと自体が、この1年のいちばんの収穫かもしれない。
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